■ プロローグ… |
◇女衒という生き方
東京、新宿、歌舞伎町。人間の欲望が渦巻くこの街には、艶(いろ)に関わるあらゆることを請け負うことを生業とする生き方がある。
ぜげん【女衒】
〔「衒」は売る意〕
江戸時代、女を遊女屋に売るのを商売にした者。
(三省堂「大辞林」第二版)
最初に断っておくが、本書は「女衒」という職業を賛美するものではなく、また、宣伝するためのものでもない。
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そこでしか生きられない女がいる。そこでしか生きられない男もいる。夜の世界が無くなることもない。
これまで扱った女の数は、トータルすると千を下らない。その中には、思い出したくもない女も少なからずいる。容易に思い出すことのできる、好事例となった事柄もある。そういう事実の積み重ねの中に、オレが女衒として生きた証が隠されている。
それらを余すところなく書こうと思う。
出来るなら、女の機嫌を取ることに汲々としている現代の男たちにこそ読んでもらいたい。 |
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■ エピローグ… |
◆歌舞伎町午前零時の足跡
雨が降っている。ベンツのフロントガラス越し、ワイパーの緩慢な動作の間に見えるのは、雨に滲んだ歌舞伎町のネオンサイン。雨にもかかわらず、キワドイ衣装を身に纏ったホステスたちが身体をくねらせながら客の呼び込みをしている。酔っぱらったサラリーマンらしき男が、その甘い囁きに抗しきれず女とともに店の中に入っていく。
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生きるということは、戻れない道を行くということなのだと思う。どんな道を行くことになろうとも、自分がその道を選んだ以上、己の選択に責任を持たなければならない。オレは女衒という生き方を選んだ。その事実は決して消し去ることはできない。今後の人生において、きっとそのことでなんらかの影響は出るだろう。デメリットも当然あるはずだ。それでも後悔はない。
雨は降り続いている。相変わらず喧騒はやまない。ここには間違いなく人間が息づいている。それでいい。オレは目を逸らさずにずっと見ていこうと思う。 |
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■ あとがき… |
なにも知らない人間から見れば、オレのしてきたことは、とても容認できるものではないかもしれない。しかしオレは、彼女たちを喰い物にしてきたわけでは、決してない。そんなことは一度たりとてない。
女をプロデュースするということは、即ち、そのオンナの人生に参加すること。彼女たちの人生の一ページにどう関わるかが問われる仕事である。
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本書を執筆することになったのは、歌舞伎町案内人・李小牧氏の『歌舞伎町の住人たち』に登場させてもらった折、河出書房新社の担当編集者である太田美穂さんから、一冊やってみませんか、と有難いお言葉をかけてもらったことがきっかけだった。
自分自身のことを書くのはさすがに照れくさいし、この程度の稚拙な文章を披露するのは恥ずかしい限りであるが、オレの生き方を「面白い」と言ってくれた彼女を信じて、チャレンジすることにした。喋るだけなら苦労はないが、いやはや文字にするという作業はさすがにきつかった。苦しかった。
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とにかく、こうして苦労して書き上げた本が世に出ると思うと感慨深いものがある。いずれにせよ、オレ一人の力だけでは、こうしてまとめ上げることはできなかった。エピソードの源泉となった、愛おしい荷物たち、オレのブレーンやスタッフたち、業界の仲間たち、そして、直木賞作家・浅田次郎氏との出会い、さらには「武ちゃんがせっかく本を出すんだから」と、本書に入れる写真の撮影を快諾してくれた、浅田氏の盟友で、世界カジノ巡りの仲間でもある、サラブレッドを撮り続けている写真家・久保吉輝氏、これらあらゆる人たちと紡いだ縁が絡み合い、一つになって本書を書き上げることができたのだ。この場を借りて心から感謝を捧げたいと思う。
本書がまた新たなオレの人生の転機になることを希ってやまない。
2006年1月 武内晃一 |
※『歌舞伎町午前零時/女衒の夜』 プロローグ/エピローグ/あとがき より抜粋 |